自宅相続、崩れた「遺言優先」

2019年10月26日付日経新聞の記事です。
かなり細かい内容なので、知らなくても良いというかもっと大事なことはあるとは思いますが、人によってはそれなりに重要なお話しです。
特に気を付ける必要があるのは、相続人同士の仲が極端に悪いご家庭や、借金を抱えた相続人がいる場合(あまり筋の良くない借金をしている場合は特に)となります。

相続法改正 遺言と登記

 

相続が発生し相続人が相続財産を分けるためには、相続人全員で遺産分割協議を行う必要がありますが、被相続人が生前に遺言を残している場合には、その内容は原則として相続人による遺産分割協議に優先します。(相続人全員で合意すれば遺言と異なる内容の遺産分割をすることは可能です)

遺言は被相続人の意志によるものですので、その内容が強い効力を持つのは当然ですが、遺言によっても侵すことのできない権利に相続人の遺留分があります。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に認められた相続財産に対する最低限の相続分のことで、被相続人が相続人の遺留分を侵害する内容の遺言を遺したとしても、遺留分を侵害された相続人は遺留分の範囲内で自身が侵害された権利の回復を主張することが出来ます。
言い方を変えれば、従来は遺言書の様式不備などを除けば、遺言の内容が覆される可能性があるのは遺留分の侵害に関する内容だけというのが遺言の原則でした。

※「遺留分」についてはこちらをご参照ください

ところが今年7月からの民法改正(相続法の改正)により、もう一つ遺言の内容が覆される事態が起きることになってしまいました。
それが今回の記事のテーマです。

1.登記制度

このお話しをする前に、登記制度について簡単にご説明をしたいと思います。
登記にはいろいろな種類がありますが、ここで取り上げるのは不動産の登記です。
売買契約や相続により不動産を取得した人は、自らがその不動産の所有者であることを対外的に明示するために、所有権の移転登記や相続登記を行うのが一般的です。
登記には「対抗力」という効果があり、自らがその不動産の所有者であることを登記することで、第三者に対して所有権を主張(対抗)することが出来るようになります。
例えば、売買契約により所有権を取得した買主が所有権の移転登記を行っていないと、前の所有者が再びその不動産の売買契約を結び、新買主が先に所有権移転登記をしてしまうと、所有権は新たな買主が主張できることになってしまいます。
この様に不動産登記は自身の権利を守るために非常に重要な手続きとなります。

2.相続登記

不動産の相続においては遺言の内容や遺産分割協議の結果に従って登記をすることが一般的です。
これが相続登記です(相続による所有権の移転)。
しかし、相続登記にはもう一つ方法があって、それは相続が発生すると、法定相続人は自身の法定相続分については単独で登記することができるという制度があります。
相続人が複数いる場合には、自身の法定相続分は全体の一部となりますので、不動産については共有持ち分の相続登記が可能になります。
しかし、実際には遺産分割協議や遺言により法定相続分通りに相続分が決まるとは限りませんので、その場合には遺産分割協議や遺言の内容に従って登記をやり直す必要があります。
ですので普通は遺産分割協議が終わるか遺言の内容が明らかになるまで法定相続分の登記をすることはありません。

3.従来の問題点

前の2で書いたように、ある相続人が法定相続分で相続登記を行った場合でも、結果的に実際の相続分とは異なることがあります。
ですので遺産分割協議が成立する前や遺言の内容がはっきりする前にわざわざ法定相続分で相続登記をすることにあまり意味は無いのですが、目的があるとしたら「自分の権利のいち早い確保」ですが、もっと有り体に言えば「嫌がらせ」です。
つまり相続発生後すぐに自分の法定相続分の登記をしてしまい、遺言等による本来の登記に協力しないという行為です。
登記は「登記義務者」と「登記権利者」の共同申請が原則ですので、登記権利者は遺言等により不動産を取得する人、登記義務者は今の登記名義人(但し、個人は亡くなっていますので相続は本来は登記権利者だけの手続きです)となりますので、そういう嫌がらせは可能です。
これは登記への協力をタテにハンコ代を請求するといったことを目的とすることが多く、登記権利者にしても裁判手続きをするぐらいであればハンコ代でけりをつけてしまおうと考えることが多く、この様に登記制度を「悪用」する手法は従来からありました。
但し、この場合でも裁判所に訴えれば時間とお金はかかっても、登記権利者の権利は守られましたし、また遺言の中に「遺言執行者」を定めておけば、遺言執行者によって相続登記が行えますので、この様な嫌がらせは無効になりました。
そしてこの内容は第三者による法定相続分に対する差し押さえ等に対しても同様でした。
どういうことかと言うと、ある相続人にお金を貸している第三者(債権者など)が、債務者である相続人の法定相続分を差し押さえた場合でも、遺言の効力が優先し差し押さえは効力を持たないということです。
(なので意外と忘れられがちですが、遺言においては「遺言執行者」を決めておくことが非常に重要であることは覚えておいていただければと思います)

4.今回の問題点

ようやく本題に入りますが、従来は法定相続分の登記による嫌がらせの可能性はあったとしても、権利そのものの優劣については「遺言の内容」>「登記の対抗力」という力関係が成立していました。
「嫌がらせ」は出来ても、権利としては遺言の内容が登記に優先していましたので、手間がかかることはあっても遺言による権利者が最終的に負けることはありませんでした。
特に遺言執行者を定めておけば、遺言執行を妨げる法律行為は無効となりますので、遺言は遺留分の侵害の除けばある意味万能でした。
ところが今回の民法改正によりその判断が覆り、法定相続分を超える相続分を取得する相続人等は、第三者対して対抗するには登記が必要になりました。
すなわち遺言で相続分を取得した人であっても、先に登記をした善意の第三者には法定相続分を超える部分については対抗できないことになりました。
言い換えると先ほどの善意の債権者や、登記された法定相続分を購入した善意の第三者は、遺言により相続分を取得した相続人よりも登記が先行すれば対抗要件を持つことになります。
これにより遺言の万能性が遺留分に引き続き覆ってしまったことになります。
この様な事態を避けるためには、遺言により不動産を相続する相続人であっても一刻も早く相続登記を行う必要があります。
万が一、第三者に先に登記をされてしまい、取得された共有持ち分を取り戻すためには、共有者と協議をして共有持ち分を買い取るか、裁判所に共有物分割訴訟を申し立て、裁判者が定める方法や金額で買い取り等を行うしかありません。
本来であれば遺言で相続できたはずの不動産の持ち分をみすみす失うことの無いよう、相続登記は早く行うという認識が今後はさらに必要になりました。

(余談)

法定相続分の登記は相続発生後すぐにできますので、嫌がらせをしようという悪意の登記に勝つことは簡単ではありません。
自筆証書遺言の場合は、家庭裁判所での検認手続きが必要ですのでどうしても遺言が有効化するまでに時間がかかります。
相続人の関係が悪い時や借金を抱えている相続人がいる場合に遺言を遺すのであれば、検認手続きが不要な公正証書遺言が望ましいと言えます。

また今回の内容は新しい法律解釈によるものでもあり、内容に不正確な部分があるかもしれません。
具体的な事例につきましては、弁護士等法律の専門家の指導・助言を仰いぐよう宜しくお願い申し上げます。

 

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