意思判断能力の無い相続人がいる

法律行為を行うためには本人の意思判断能力が必要となります。
意思判断能力とは自分の行為の結果を正しく判断できる能力を指し、認知症、精神疾患、未成年といった理由でその能力が不十分と見なされる者は、法律行為を行うことは出来ません。
遺産分割協議も法律行為の一種ですので、意思判断能力のない相続人は遺産分割協議に自ら参加することができません。
尚、意思判断能力を有しない者が行った法律行為は無効となります

こんなことが起きるかもしれません

意思判断能力の無い相続人には、遺産分割協議を行うための代理人を選任する必要があります
遺産分割協議は相続人全員で行わないと無効ですので、意思判断能力のない相続人がいる場合には、本人に代わって遺産分割協議を行える権限を持った人を選任する手続が必須となります。
遺産分割協議が出来ない場合、相続財産の共有・凍結問題が生じますので、預貯金の名義変更、不動産の処分、相続税制上の特例の適用ができないなど多くの不都合が生じます。

対策

1)遺言による遺産分割の指定

意思判断能力のない相続人がいる場合には、遺言により遺産分割の内容を指定しておくことが最も原則的な手続きとなります。
遺言に遺言執行者を定めることで、相続人の意志判断能力にかかわらず遺言通りの遺産分割手続を進めることが出来ます。
遺言の内容を意思判断能力のない相続人の身辺看護を条件とする負担付遺贈とすることも可能です(生前に負担付贈与契約を結んでおくことも同様の効果があります)

2)相続人が未成年の場合

遺言が無い場合、相続人全員により遺産分割協議を行う必要がありますが、未成年の相続人は意思判断能力がないため本人自らが遺産分割協議に加わることはできません。
通常は未成年者の親権者が法定代理人として遺産分割協議に加わりますが、未成年者とその親権者がともに相続人である相続の場合には利益相反となるため、親権者は未成年相続人の法定代理人になれません。
この場合、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てて遺産分割の同意を得る必要がありますが、合わせて遺産分割案を提出する必要があり、その内容が未成年者の権利が極端に阻害されている場合には認められないケースがあります。
代理人の選任は手間もかかり面倒なので、実務的には遺言で遺産分割の内容を決めておくことが望ましいですが、未成年相続人があと数年で成人になる場合には、5年以内の範囲で遺産分割の禁止を定めることも可能です。(但し、遺産分割未了により相続税計算が変わる点には注意が必要です)

3)認知症・精神疾患の場合

意思判断能力を喪失している相続人は本人が遺産分割協議に加わることができません。
当該相続人が成年後見制度を利用している場合には後見人が本人を代理して遺産分割協議に参加しますし、成年後見制度を利用していない場合には本人や他の相続人等の利害関係人等が後見の申し立てをする必要があります。
但し、後見人が加わる遺産分割協議の場合、後見人は被後見人の財産保護を優先しますので、法定相続分以外の遺産分割は出来ず、実情に応じた柔軟な遺産分割ができなくなります。
また被相続人の配偶者が子の後見を受けている場合などには、配偶者と子は共に相続人となり利益相反となってしまうため、後見監督人が遺産分割協議に参加するか家庭裁判所で特別代理人を選任してもらう手続きが必要になります。
尚、この場合でご注意いただきたいのは、認知症や精神疾患があること自体が意思判断能力を喪失していることと同義では無いということです。
認知症等によって「意思判断能力が失われている場合に限り」上記の手続きとなることにご留意ください。

4)民事信託(家族信託)

最近注目を浴びている民事信託(家族信託)は認知症対策にも有効です。
信託契約で信託財産の帰属権利者あるいは第二受益者を定めておくことで、遺産分割協議を行うことなく財産の承継(あるいは受益権の移動)が可能になります。
但し、民事信託(家族信託)においては信託財産だけが対象であり、信託対象外の財産については上記の手続き等が必要になります。