財産の評価時点
相続手続きで相続財産の価格評価を行うにあたっては、その評価をいつの時点で行うのかという観点があります。
例えば、株や不動産は価格変動の大きな財産ですので、相続が起きた時と遺産分割協議を行っている時とでは価格が大きく変動する可能性があります。
一方、現金や預貯金は相続開始時の残高が基準となり価格変動はしませんが、インフレなどにより価値が変わることはあり得ます。
相続税の計算や遺産分割協議を行うにあたっては、どの時点の価格をベースにするのかが重要になります。
1.相続税計算と遺産分割協議
相続手続きは、相続税の計算と遺産分割協議が大きな柱です。
この二つの手続きにおいて評価時点が異なるというのが、まずは基本の考え方とります。
1)相続税計算の評価時点
原則として相続開始時の価格で評価を行います。
但し、「相続開始前3年以内の生前贈与財産」と「相続時精算課税制度を利用した生前贈与」については、生前贈与時点の価格によって相続財産の評価額に加算します。
(詳細は「生前贈与」をご参照ください)
2)遺産分割協議協議の評価時点
原則として遺産分割時を評価時点とします。
これは遺産分割協議は相続発生時から相当年数が経過してからまとまることも珍しくなく、その間に財産価格が変動する可能性を考慮したものです。
但し、過去に受けた特別受益は相続開始時点の評価に換算して持ち戻すとされており、遺産分割時ではありませんので注意が必要です。
(詳細は「特別受益」を参照ください)
2.相続税計算の具体例
相続税の計算を行う際の財産の評価時点は以下の通りとなります。
尚、相続税の計算に関わる財産評価は「時価」とされていますが、実務上は国税庁による「財産評価基本通達」に従って評価するのが原則となっています。
財産の種類 | 評価時点 |
---|---|
相続時精算課税制度を利用した生前贈与 | 生前贈与が行われた時点 |
相続開始前3年以内の生前贈与 | 生前贈与が行われた時点 |
相続財産 | 相続開始時点 |
例えば、以下の様な生前贈与と相続財産があったとすると、
相続時精算課税制度を利用した贈与 | 贈与時の評価額 1,000万円 相続開始時の評価額 1,500万円 |
相続開始前3年以内の贈与 | 贈与時の評価額 500万円 相続開始時の評価額 800万円 |
相続財産 | 相続開始時の評価額 2,000万円 |
相続税の計算の基礎となる価格は、
相続時精算課税制度を利用した贈与 | 贈与時の評価額 1,000万円 |
相続開始前3年以内の贈与 | 贈与時の評価額 500万円 |
相続財産 | 相続開始時の評価額 2,000万円 |
合計 | 3,500万円 |
となります。
3.遺産分割協議
遺産分割を行う際の財産の評価時点は以下の通りとなります。
尚、遺産分割協議に関連する財産の評価も「時価」となりますが、相続税計算の様な基準は無いため、現実的には相続人同士で合意した価格となります。
財産の種類 | 評価時点 |
---|---|
特別受益・寄与分 | 相続開始時点 |
相続財産 | 遺産分割時点 |
遺留分減殺請求の対象となる財産 | 相続開始時点 |
例えば、以下の様な相続財産と特別受益があったとすると、
特別受益に該当する贈与 | 贈与時の評価額 1,000万円 相続開始時の評価額 1,500万円 遺産分割時の評価額 1,300万円 |
相続財産 | 相続開始時の評価額 2,000万円 遺産分割時の評価額 2,500万円 |
遺産分割協議の基礎となる価格は、
特別受益に該当する贈与 | 相続開始時の評価額 1,500万円 |
相続財産 | 相続開始時の価格 2,500万円 |
合計 | 4,000万円 |
となります。
上記の通り、相続税の計算と遺産分割では考え方が異なります。
但し、一般的にこの内容を意識している方はそれ程多くないのが実情です。
実務上は相続税の計算にしろ遺産分割協議にしろ財産の評価時点に関するルールがあるということを覚えておいて、相続が発生した時には内容を調べてそれに従えばよいというぐらいに割り切っても良いと思います。
ただ、ルールと分かっていても混同しやすいのが相続時精算課税制度による生前贈与で、原則的なルールである、「相続時精算課税制度を利用して行った贈与財産は贈与時点の価格で相続財産に持ち戻す」という規定はあくまでも相続税の計算においての話しであって、遺産分割協議上は「相続時精算課税制度による生前贈与は特別受益に該当する」という観点から、相続開始時点の価格で相続財産に持ち戻します。
特別受益とは、家を建てる時に親から土地を贈与してもらったという様な特別な生前贈与を指しますが、これを具体的な例で挙げると、相続時精算課税制度を利用して贈与された土地の価格が、贈与時に2,000万円、相続開始時に3,000万円であれば、相続税の計算上は2,000万円で持ち戻して加算し、遺産分割協議上は3,000万円で持ち戻して加算するということになります。
財産の評価時点という考え方を実務上で意識することはそれほど多くないかもしれませんが、実務上は少々ややこしいルールが決められています。
この内容は、特に遺産分割協議な長引き、相続開始から遺産分割協議がまとまるまでの期間が長くなるほど影響が大きくなりますので、その意味からも揉めない相続を実現することは重要だと言えます。