公平な遺産分割が出来ないケースを考える
我が家に限らず、ごく一般的なご家庭でもいざ遺産分割案を考えようとすると、留意するべき点はそれなりにたくさんあるものです。
しかし一方で遺産分割案を考えるための前提となる要件が整わず、遺産分割案を検討することすら難しいというご家庭は少なくありません。
遺産分割が難しいご家庭とはどのようなものなのか、またその様な場合に理解しておくべくことは何なのかということを整理してみたいと思います。
1.遺産分割が難しい典型例
以下の挙げる項目に一つでも該当すると遺産分割が難航する可能性が格段に高まりますので、何らかの対策が必要と考えられます。
1)相続人の問題
以下のような項目が挙げられます。
- 音信不通の相続人がいる
- 意思能力のない相続人がいる
- 相続人の仲が悪い
- 相続人の関係が複雑(連れ子、異母兄弟等、養子など)
- 財産を隠す相続人がいる
- 相続人の配偶者など法律的な当事者以外が口を挟む
円満な遺産分割協議が行われる前提には、
- 相続人が確定していること
- 相続人に連絡がつくこと
- 相続人に話し合いをする意思があること
などが重要になります。
例えば、行方不明の相続人がいる場合や、相続人に意思判断能力が無い時などには、家庭裁判所を通じて当該相続人の代理人を選任する必要がありますが、これらの代理人には柔軟な遺産分割割合に同意する権限はありませんので、法定相続分での遺産分割とならざるを得なくなります。
また家督相続の慣習がいまも残っている地域では、全ての財産を長男が相続するものとして親も長男も考えていることがあり、相続財産の全容や遺産分割の内容について他の相続人に十分に説明をしようとしないケースがあります。
この様なご家庭では、法律が定める均分相続の定めと当事者の意識のギャップが円満な遺産分割を阻害する要因となります。
いずれにしても相続人やその家族同士の折り合いが悪い場合には、理屈よりも感情が優先する遺産分割協議になってしまう可能性が高くなりますので、遺産分割協議は揉めるものと考えて準備をしておいた方がよいと思います。
2)遺産分割しづらい相続財産の問題
以下のような項目が挙げられます。
- 財産が不動産しかない(現金が無い)
- 財産に何があるのかよく分からない
- 不動産の名義が先祖のままになっている
- 借金が多い
- 相続人が代償金を用意できない
遺産分割がしやすい財産である現金がないと遺産分割は揉めやすくなります。
特に相続財産が不動産だけしかないとその傾向は強くなりますが、一方で遺産分割において不動産は共有しないというのが原則です。
共有不動産は売却などの重要な処分行為を行う際には共有者全員の合意が必要となるため、共有者間で意見が割れてしまうと何も手を付けられない状態になりかねないからです。
しかも共有者に相続が発生してしまうとその共有持ち分がさらに細分化してしまう恐れもあり、時間の経過が事態を一層悪化させかねません。
しかし相続人が複数いて、相続財産は不動産しかない場合には、その不動産を誰か一人が相続することを決めるのは容易ではありません。
不動産を相続する人が他の相続人に対し然るべき代償金を支払うことが出来れば良いのですが、それがままならない場合には不動産を売却して現金化した上で遺産分割をするか、やむを得ず共有するという選択を迫られることになりかねません。
また相続財産の全体像が分からないときや、不動産の名義が先祖のままになっている場合には、遺産分割を行う前の段階での労力が大きくなるものですが、特に不動産の名義が先祖のままであると、その時点まで遡った上でその先の全ての相続人による遺産分割手続きが必要となります。
場合によっては相続人が数十人にもなり、連絡先が分からないなどの問題が生じる可能性が高くなります。
3)相続人間に不公平がある
以下のような項目が挙げられます
- 相続人に対する親からの生前贈与に差がある
- 親の面倒を見ている子と見ていない子がいる
- 幼少の頃からの不公平の積み重ね
遺産分割協議はとかく感情に左右されやすいものですが、その最大の理由は相続人間の不公平感によることが多いです。
生前贈与の有り無しや同居による生活の援助の有無、老親の面倒を見たか見ないかなどの事情に加え、進学、結婚、家の購入など人生の節目節目における親からの援助の差などに関する不満が遺産分割協議を機に噴き出すことがあります。
この様な感情は普段は顕在化していないことが多く、遺産分割をめぐる争いを通じて表面化した時には、後戻りできない深刻な争いに発展することが珍しくありません。
4)親の意向
- 親が特定の相続人に財産を譲りたがっている(えこひいきや後継者)
- 相続について何も考えていない
結局のところ、親子間の相続においては相続財産は親のものであり、本来は相続人がとやかく口を挟むものではありません。
親に相続財産の分け方について明確な意思がある場合には、それを遺言等で指定しておけば、例えそれが客観的には合理的な内容ではなくても遺留分を侵害しない限りは優先されることになります。
むしろ実際に問題が起きやすいのは、親が何らの意思表示や相続の準備をしていない場合です。
相続に関しては「うちは揉めるほどの財産がないから」とか「うちの子供たちは仲がいいから」といって、正面から相続対策に取り組まないご家庭が今も非常に多いです。
そして相続人である子供たちにしても、当初は「自分はそんなに財産が欲しいわけではなく、円満に遺産分割を終えたい」と考えているものです。
しかし実際に相続財産がリストアップされ、財産の価値が明らかになってくると、やはり貰えるものは貰いたい、あるいは自分だけが損をするのは嫌だと徐々に考えるようになってしまうのは人間の性というものです。
僅かな感情の行き違いや相続が起きた時の経済環境等の違いがボタンの掛け違いを生み、大きな争いに発展することが起ります。
2.遺産分割が揉めないための対策
本来、円満な遺産分割を実現するためには、上で取り上げた「遺産分割が揉める原因」に相続人や相続財産が該当しないことが重要です。
全ての項目に該当することはなくても、一つ二つくらいは当てはまるというご家庭は少なくないと思いますが、遺産分割協議はその一つ二つの項目によって揉めてしまう可能性があるということを理解しておく必要があります。
遺産分割が揉めるリスクを減らすためには、まずは揉める原因を除去することを試み、それが出来ない場合には別の方法を考える必要があります。
1)遺産分割が揉める原因を除去する例
例えば次のようなことを試みます。
→ 相続が発生する前に伝手を辿って探し出しておく
→ 売却して現金化し遺産分割をしやすくする、終身生命保険を契約し代償金の準備を図る
→ 格差が埋まるように新たな生前贈与を行う
→ 相続人から相続トラブル事例などを伝え啓蒙する、日ごろから相続について話し合い意向を確認しておく
→日ごろから家族間でコミュニケーションをとっておく
取り除ける原因は取り除くことで、遺産分割が円満に進む可能性が高くなります。
2)原因が除去できない場合の対策
遺産分割が揉める原因を除去することが出来ない場合には、回避策を検討します。
揉める原因を放置することがまずいのであって、原因はあっても対策をとることで遺産分割が揉める可能性は格段に下げることが出来ます。
<遺言>
遺産分割が揉めそうな要因があり、且つその原因を取り除くことが出来ない場合には、まずは遺言を書くことが最優先の対策となります。
遺言は被相続人の遺志としてその内容は原則として遺産分割協議に優先しますので、相続人は遺産分割協議を行わずに済みます。
例えば、知的障害があり意思判断能力のない相続人がいる場合や、明らかに人格に問題がある相続人がいる場合などには、それ自体を解決することは困難ですので、遺言によって遺産分割の内容を指定しておくことが必要です。
また財産が自宅しかない場合などには、被相続人によって自宅を相続する人を決めることや、それに対する代償金の支払い、あるいは自宅を売却して現金化した上で遺産分割することなどを指定することが可能です。
また遺言には「付言(ふげん)」と言って、法律的な効力はありませんが遺言内容に付随してこの遺言の意味するところをメッセージとして残すことが可能です。
遺言による遺産分割の指定は、ある意味不平等な遺産分割の内容を強制的に押し付けるものになりがちですが、なぜその内容を決断したのかを付言で伝えるかどうかで、相続人の納得度は大きく変わります。
尚、遺言を書くにあたっては
- 全ての財産について記載すること(記載から漏れた財産は遺産分割協議が必要になります)
- 遺留分を侵害する内容にしないこと(遺留分を侵害された相続人から遺留分減殺請求を求められる可能性があります)
が重要になります。
具体的には専門家と相談の上取り進めることをお勧めします。
<家族信託>
家族信託は信託契約により、財産を別の人に信託し運営を任せることで財産の所有と運営を分ける方法です。
例えば賃貸アパートを所有している人に相続人が3人いる場合などには、生前に信託契約を結ぶことで経営はそのうちの1人に任せて、相続発生後も経営権はそのままとして収益のみを3等分するという方法が可能になります。
経営権を誰か一人にだけ付与することで、共有不動産のデメリットである共有者全員の合意が無いと何もできないという事態を回避する方法で、自宅の管理や処分、あるいは自社株(会社の経営権)などにも応用できる方法です。
<生前贈与>
生前贈与は文字通り財産を生前に贈与することで遺産分割の対象から外してしまう方法です。
遺産分割協議上、生前贈与財産は特別受益に該当すると相続財産に持ち戻されて遺産分割の対象になりますが、これはあくまでも金額の話しであって、財産の所有権そのものには原則として影響はありません。
例えばある相続人に自宅を生前贈与すれば、その贈与は特別受益に該当する可能性が高く、相続時には自宅の相続時点の金額的な価値(評価額)を相続財産に持ち戻して遺産分割協議を行いますが、自宅そのものの所有者は受贈者のものという点には変更がありませんので、自宅が遺産分割の対象になるという事態は回避できます。
生前贈与の仕方については、通常の暦年贈与のほか、相続時精算課税制度の利用、配偶者への居住用財産の贈与(おしどり贈与)といった方法がありますので、それぞれの特長とデメリットをよく理解して取り進める必要があります。
いずれにしても家族信託、生前贈与については、他にも細かい留意点があり、それだけですべてが解決するというものでもありません。
実際の取り進めには専門家に相談の上、慎重に取り進める必要があります。
3.我が家の相続対策(心得ておくこと)
ここに取り上げた「遺産分割が揉める原因」について、我が家に直接当てはまるものは今のところ無いように思います。
しかし、だから安心か?と言えばそれはわかりません。
例えば、
- 私が事故で意識障害に陥ったら?
- 私が外国人と結婚して、海外移住をしたら?
- 親が倒れてその面倒を妹だけが見ることになったら?
- 数年後、私や妹の配偶者が失業したら?
- 実は妹には表に出していない不満がたまっていたら?
この様な事態が起きれば、当然相続の環境は変わります。
結局のところ、今考えている遺産分割案も現時点での環境を前提にしているにすぎず、将来にわたり通用するものとは限りません。
結局のところ、人の未来は分かりませんし、自分以外の人が考えていることを完全に理解することは難しいものです。
よく言われることですが、相続対策は対策をして終わりではなく、状況の変化に応じて定期的に見直しをなくてはなりません。
円満な遺産分割を実現するためには、「遺産分割が揉める原因」をできるだけ取り除き、取り除けない場合には場合には対策を講じ、遺産分割協議を行う時には
- 情報をオープンにすること
- 公平であること
を心掛ける必要があります。(前項の「ケーキ理論」です)
揉めない遺産分割の実現のためには、「現状分析」と「対策」、「心構え」の3点が重要となります。