円満と円満でない遺産分割

遺言の無い相続においては、相続財産は遺産分割によって各相続人に分配されることになります。
遺産分割は全ての相続人によって行われる必要があり、一人でも欠けると無効になってしまいます。
相続人には法定相続分という相続財産に対する取り分が定められており、相続財産は相続が開始すると、一旦法定相続分で共有されることになります。
しかし相続財産が共有のままでは何をするにしても相続人全員の合意が必要となり財産の処分等に支障が出るほか、その後共有者に相続が発生するたびに所有権が細分化されてしまい収拾がつかなくなってしまうというリスクがあります。
遺産分割協議はその様な共有状態を解消し、個々の相続財産について、法定相続分に囚われることなく相続人の誰がどの財産を取得するのかを決める手続きとなります。
遺産分割協議によって権利者が確定し単独所有になった相続財産は、名義変更や売却等の処分をその財産を取得した相続人が自由に行うことが出来ます。
相続の発生に伴う様々な手続きの中で遺産分割協議は最も重要ともいえる一方、かなり論点も多く最も揉めやすい法律行為でもあります。
相続手続きにおいては遺産分割協議をどの様に円満に納めるのかが、先々の相続人同士の関係においても極めて重要になってきます。

1.法定相続人と法定相続分

繰り返しになりますが、遺産分割協議においては「法定相続人」と「法定相続分」という考え方が重要になります。
遺産分割協議は法定相続人が法定相続分を前提に、各財産の取得者を決める手続きだからです。
下の表は法定相続人と法定相続分の組み合わせとなりますが、そのうち相続人が1人しかいない場合には当然遺産分割協議は必要ありません。
具体的には相続人が「1.配偶者のみ」あるいは「5.子」、「6.直系尊属(父母、祖父母など)」、「7.兄弟姉妹」が相続人になる場合で該当する人が一人しかいないケースとなります。

法定相続分

尚、子や直系尊属、兄弟姉妹が複数いる場合には、その人数で相続分を均分します。
例えば、配偶者と子2人が相続人の場合、子の相続分は全体の1/2ですので、その1/2を2人で均分し、子1人あたりの相続分は1/4となります。

2.遺産分割協議の実際

遺産分割協議が円満に行われるか否かは、偏に相続人同士の関係にかかってきます。
実務上、相続財産が多いか少ないかはそれほど関係はありませんし、同じ相続人の構成でも揉める場合もあれば揉めない場合もあります。
以下、「円満な遺産分割協議」と「円満でない遺産分割協議」の代表的なモデルケースを挙げてみましたので比較してみてください。

1)相続人の1人が被相続人と同居している場合

  • 相続人:子3人(子A・B・C)
  • 相続財産:自宅3,000万円、現金:1,000万円
  • 子Aは自身の配偶者とともに被相続人と同居し、被相続人の介護や身の回りの世話を行っていました
  • 法定相続分は、4,000万円を3人の子で均分した1,333万円となります

遺産分割パターン1

<円満パターン>
被相続人が亡くなり、子Aは引き続き自宅に住むことを希望しました。
子B・Cも今までの子A夫婦の献身的な介護等に感謝し快く同意したので、自宅は子Aが相続、現金についても子Aが200万円、子B・Cが400万円ずつ取得することで円満に合意しました。

<遺産分割の内容>

相続人 遺産分割 内容
子A 自宅 3000万円
現金  200万円
子B・Cが法定相続分を下回る内容での遺産分割に同意したため、円満に手続きを終了することが出来ました。
子B 現金  400万円
子C 現金  400万円

<非円満パターン>
被相続人が亡くなり、子Aは引き続き自宅に住むことを希望しました。
しかし子B・Cは子Aが今までの同居により居住費等の負担が少なかったことを指摘し、法定相続分による均等な遺産分割を主張したため、遺産分割協議は難航しました。
結果的に子A夫婦には代償金を支払う余裕がなかったため、自宅を売却し売却代金を子A・B・Cで均等に分割することになりました。

<遺産分割の内容>

相続人 遺産分割 内容
子A 1,333万円 自宅を売却して現金と併せ3人で均等に分割した結果、子Aは住む家を失う結果となりました
子B 1,333万円
子C 1,333万円

2)子供がいない夫婦の場合

  • 被相続人には子がいないため、相続人は配偶者と兄弟姉妹A・Bとなります
  • 相続財産は自宅と現金4,800万円で、共に夫婦で築き上げた財産となります
  • 法定相続分は配偶者が3/4(3,600万円)、兄弟姉妹が2人で1/4(1,200万円)となりで一人当たりは600万円となります

遺産分割のパターン2

<円満パターン>
相続財産は夫婦で築き上げた財産であり、特にマイホームは配偶者にとって経済的にも心情的にも大切な財産であることから、兄弟姉妹は相続分を主張せず、全ての相続財産を配偶者が取得することにしました。

<遺産分割の内容>

相続人 遺産分割 内容
配偶者 自宅と現金全て A・Bが法定相続分の主張を行わないことで、円満に遺産分割が終了しました
兄弟姉妹A・B なし

<非円満パターン>
兄弟姉妹A・Bは法定相続分での遺産分割を主張し、現金による代償が出来ない場合には自宅を売却してでも支払うよう強く求めました。
結果的に兄弟姉妹A・Bの主張に沿った遺産分割を行うため、配偶者は自宅を担保に400万円を借り入れ、相続財産の現金と併せ兄弟姉妹A・Bに支払いました。
配偶者は自宅こそ守れたものの、現金を一切相続できなかったばかりか、借金まで背負うことになってしまいました。

<遺産分割の内容>

相続人 遺産分割 内容
配偶者 自宅 自宅を相続するための代償金として400万円を借り入れ、兄弟姉妹A・Bへ支払い
兄弟姉妹A 600万円 相続財産の現金400万円と配偶者からの代償金200万円の合計額を取得
兄弟姉妹B 600万円

3)素行の悪い子がいる家族の場合

  • 相続人:配偶者と子A・Bの3人
  • 親の面倒をよく見ていた子Aに対し、子Bは幼少より素行が悪く被相続人が借金の肩代わりをしたこともあります
  • 相続財産は自宅と現金で4,000万円
  • 法定相続分は配偶者が1/2(2,000万円)、子が2人で1/2(2,000万円)で一人当たり1,000万円となります

遺産分割案3

<円満パターン>
かつては素行の悪かった子Bも被相続人の相続を契機に心を入れ替え、遺産分割協議においても自身の取得分は主張せず、自宅は配偶者、現金は子Aが取得して欲しいと申し出ました。
これは自身の相続分を母親に譲り、子Aも法定相続分を受け取れる内容となります。
最終的には協議の結果、自宅は配偶者が取得し、現金は配偶者が300万円、子A500万円、子B200万円という内容で円満に遺産分割を行いました。

<遺産分割の内容>

相続人 遺産分割 内容
配偶者 自宅 3000万円
現金  300万円
子Bが法定相続分を主張しなかったため、配偶者がそのまま自宅を相続できる内容の遺産分割が可能になりました
子A 現金  500万円
子B 現金  200万円

<非円満パターン>
子Bは相変わらず改心せず、今回の相続でも自分の法定相続分を強く主張しました
配偶者が自宅を手放す事態を避けるため、子Aは自らの法定相続分を主張せず、現金は全て子Bが相続する内容の遺産分割とせざるを得なくなりました。
<遺産分割の内容>

相続人 遺産分割 内容
配偶者 自宅 子Aが法定相続分を主張しなかったため、配偶者が自宅を手放すことなく、子Bに対して法定相続分の現金を相続させることが出来ました。
しかし子Aは一切相続分がなく、母親も現金を相続しなかったため、老後の生活資金に不安が残ります。
子A なし
子B 1,000万円

ここまで典型的な3つのパターンを見てきましたが、同じような相続の構成であっても、相続人の考え方に拠って遺産分割の内容は大きく変わります。
遺産分割に絶対的な正解はありませんので、どのようなプロセスを辿ろうとも最終的に全ての相続人が合意した内容が、結果としてその遺産分割における唯一の正解となります。
理想的には円満な遺産分割が行われ、人間関係も良好なままであることがベストですが、そうはならない可能性が大きいと思われる時には、被相続人が遺言等の手段によって、生前のうちにトラブルの芽を摘んでおくことが重要になります。
(「遺言によるトラブル回避事例」はこちらをご参照ください)

3.なぜ遺産分割は揉めてしまうのか?

上の事例では相続人の善悪を敢えて強調して分かりやすくしましたが、実際の相続ではこのような単純な図式では無く、もっと複雑な人間関係が影響してきます。
決して仲が悪かったわけではない家族(親族)関係が、なぜ遺産分割協議において揉めてしまうのでしょうか?

1)経済的な事情

相続が発生した時の各相続人の立場は一律ではありません。
例えばある相続人に次のような事情があったとします

  • ご主人がリストラで仕事を辞めざるを得なくなった
  • 子供が学費の高い私立大学へ進学することになった
  • 自身あるいは家族の病気療養にお金がかかる

この様にある時点で家庭の経済が厳しい状況下にあることは決して珍しくありません。
その様な時に、もし相続財産から貰えるものがあるのであれば貰っておきたいと考えるのはある意味当然のことです。
経済面を中心に相続発生時に相続人が置かれている環境は遺産分割協議に大きく影響します。

2)感情のもつれ

相続は「勘定と感情」と言われます。
勘定がお金のことならば、感情は気持ちの問題です。
「お兄ちゃんには子供の頃から自分の部屋があった」とか「末っ子だから甘やかされた」という子供時分の話しから、「あいつは家を建てるときにお金を出してもらった」、「1人だけ海外留学をさせてもらった」あるいは「お父さんはうちの子供より他の兄弟の子供を可愛がっている」といった大人になってからの出来事もすべて遺産分割協議に影響してきます。
遺産分割協議で「お金の問題じゃないんです」という言葉が出てしまうと、協議は難航必至となります。

3)相続人以外が口を挟む

相続人の配偶者などが口を挟むと遺産分割協議は極端に難航します。
相続人である子供同士では話しがまとまったにもかかわらず、その配偶者が納得せず遺産分割協議が紛糾したというケースは珍しくありません。
本来、遺産分割協議は相続人だけが当事者となるものです。
しかし相続とは相続人の家族にも多分に影響があるものですので、法定相続人だけで決着を図るべきなのか、あるいは法定相続人以外の関係者も交えて協議をするのが望ましいのかという点については正解がありません。
そのご家庭での方針が全てとなりますので、全員が納得できるルールで話し合いを行うしかありません。


近年は権利意識が向上し、遺産分割協議においても自分の主張すべき権利は主張するという姿勢が当たり前になりました。
しかし法律の定めが現実的な公平に合致しているのかと言えば疑問は残ります。
また将来のこととして漠然と考えていた相続と、目の前で起きている相続では相続人ご自身の考え方も自ずと変わってきます。
相続が具体化する前に交わした口頭での合意や暗黙の了解などは極論すれば無いに等しいと思って間違いないと思います。
相続では生前対策が大切と言われますが、これは遺産分割について強制力をもって道筋をつけられるのは被相続人だけという現実によるものです。
遺産分割を相続人による遺産分割協議に全面的に委ねることが必ずしも関係者を幸せにしないと考えるのであれば、被相続人の手で揉めないための準備をしておくということも被相続人に課せられた重要な責務であるという点を理解しておく必要があります。