生前贈与(留意点)

生前贈与とは被相続人が生前に相続人やその他の人に自分の財産を合意の上譲渡することを言います。
財産が自分の手から離れることで保有財産の総額が減り、また所有権が移動することで相続財産でもなくなるため遺産分割協議の対象からも外れます。
これらは遺産分割対策や相続税の節税対策として効果的な方法であり、贈与が相続人に対し現金で行われた場合には納税資金対策としても有効になります。
この様に生前贈与は相続対策において極めて有効で適用範囲の広い法律行為となりますが、留意するべき点も少なからずあります。
生前贈与のメリットだけでなくデメリット(留意点)も理解した上で相続対策に上手く活用することが大切です。

1.特別受益

財産を生前贈与すると、その財産は贈与を受けた人(受贈者)のものとなります。
贈与が行われた時点でその財産が相続財産になることはありませんので、遺産分割協議の対象にもならなくなります。
一方で、民法においては相続人に対して行われた生前贈与が特別受益(※)に該当する時には、相続人間の公平を保つため、相続財産に特別受益である生前贈与相続を加えて(持ち戻して)遺産分割協議を行うものとされています。
これを特別受益の持ち戻しと言います。

※特別受益とは「遺贈」、「婚姻・養子縁組のための贈与」、「生計の資本としての贈与」など、被相続人から受けた通常の扶養義務を超えた特別な贈与を指します。

<モデルケース>

元の財産:現金4,000万円
相続人 :配偶者・子A・子B(3人)
生前贈与(特別受益):子Aに対して1,000万円
相続財産:3,000万円(4,000万円-1,000万円)
遺産分割:法定相続分で分割する

相続が発生した時の相続財産は生前贈与分を除いた3,000万円となっています。
相続財産を法定相続分で分けようとすると、

母 :3,000万円 × 1/2 = 1,500万円
子A:3,000万円 × 1/4 =   750万円
子B:3,000万円 × 1/4 =   750万円

となりますが、子Aは特別受益に該当する生前贈与1,000万円を既に受け取っているので、相続財産である3,000万円だけを対象に遺産分割を行うことは不公平となります。
民法の定めに従い生前贈与された1,000万円を相続財産に持ち戻して、4,000万円を基準に法定相続分で分割すると、

母 :4,000万円 × 1/2 = 2,000万円
子A:4,000万円 × 1/4 = 1,000万円
子B:4,000万円 × 1/4 = 1,000万円

となり、子Aはすでに生前贈与で1,000万円を受け取っているので、相続財産である3,000万円からの取得分は無くなります。
これが特別受益の持ち戻しという考え方で、相続人間の遺産分割を公平に行うという考え方に基づくものですが、子Aからすると生前贈与を受けた分、遺産分割で取得する財産が無くなってしまうことになります。
生前贈与を行う際には、特別受益の持ち戻しにより受贈者の相続分が減少することへの配慮が必要になります。
(詳しくは「特別受益」をご参照ください)

2.遺留分を侵害しないこと

遺留分は被相続人が有していた相続財産等について、兄弟姉妹を除く相続人に認められている最低限の取得分を言います。
遺留分は遺言等によっても侵害することのできない相続人に認められた強力な権利です。
遺留分の対象となる財産は相続財産以外にも、「相続開始1年前に行った生前贈与」、「特別受益に該当する生前贈与」などを合算した財産となるため、生前贈与を特定の相続人に偏って行うと、相続開始後に遺留分減殺請求が贈与を受けた相続人に対して行われる可能性があります。
遺産分割協議を行わずに財産を移転できるとことが生前贈与のメリットの一つですが、相続後に遺留分減殺請求がなされる事態となれば、結果的に相続人間で協議を行うことになるため、その効果が失われかねません。
生前贈与は他の相続人の遺留分を侵害しない範囲で行う必要があります。
(遺留分については「遺留分」を参照ください)

3.相続開始3年以内贈与の持ち戻し

相続が発生すると、相続開始前3年以内に行われた贈与は相続財産に持ち戻されて相続税計算の対象となります。
これは相続開始直前に駆け込みで行われた相続税を減らすための贈与を規制するための処置ですが、実際に相続逃れの意志があったか否かは問題では無く、相続開始までの期間で一律に評価されます。
生前贈与は相続税対策にも有効な方法ですが、結果的に相続直前に行った生前贈与は相続税の節税対策にはならなくなる可能性がありますので注意が必要です。
(3年以内贈与の持ち戻しは、その相続で財産を取得した相続人等に対する贈与が対象となるため、相続で財産を取得しない相続人等への贈与相続開始3年以内に行われていても持ち戻しの対象にはなりません)

4.不動産を贈与する場合の移転コスト

生前贈与する財産が不動産の場合、贈与税以外にも税務コスト等がかかります。
所有権移転登記に必要な登録免許税、不動産を取得した時にかかる不動産取得税が課税されますが、相続による所有権移転よりも税率は高くなります。
また不動産の所有権移転登記を司法書士に依頼した場合には、登録免許税の他に報酬が発生します。

1)不動産取得税

<計算式>

生前贈与(留意点)

評価額(課税標準)あるいは税額の軽減措置があります(要件あり)

<税率>

生前贈与(留意点)

2)登録免許税

<計算式>

生前贈与(留意点)

<税率>
贈与による所有権移転には売買による所有権移転の様な軽減はありません。

生前贈与(留意点)

例えば、2,000万円の土地を生前贈与した場合には、

不動産取得税 2,000万円 × 3% = 60万円
登録免許税  2,000万円 × 2% = 40万円
合計     100万円

が贈与税の他にかかることになります。

5.浪費等のリスク

生前贈与は法的な問題を考える以上に精神的な問題について留意する必要があるといえます。
贈与とは財産の所有権が完全に受贈者に移転する法律行為ですので、贈与後の財産の使途は受贈者が一存で決めることが出来ます。
例えば大切なお金を贈与したにもかかわらず趣味嗜好に浪費されてしまったり、先々守っていってもらうことを期待して贈与した不動産を売却されても贈与者は異議を唱えることが出来ません。
贈与の本来の目的を受贈者に理解してもらうことが重要です。

6.名義預金に注意

上記5の様な受贈者の浪費を回避するため、贈与した財産を贈与者が引き続き管理しているというケースが後を絶ちません。
例えば子供名義や孫名義の口座にお金を振り込み見た目は贈与の体裁をとっていながら、実際は通帳や印鑑を贈与者本人が管理しているような事例が典型的です。
これらは名義預金と呼ばれ、預貯金の名義のみが本人以外であるだけで実質的には本人の財産と見なされ贈与が成立していないと判断されます。
このように見た目の所有権は移動していても、実質的な管理処分権が本人に残っている場合には贈与は成立せず、贈与が成立していない以上相続対策としての生前贈与の効果は全くありません。
名義預金は相続税の税務調査でも最も指摘されやすい内容ですので注意が必要です。

7.財産が減ることに対する被相続人の気持ち

生前贈与を利用した相続対策の効果を頭では理解していてもなかなか実行に移せないのは、結局のところ自分の財産が減ってしまうことへの抵抗感や不安感が大きいからだと思われます。
寿命を自分で決めることが出来ない以上、将来に渡り必要になるお金を正確に見積もることは出来ません。
相続対策を優先して自分の将来の生活が覚束なくなってしまっては本末転倒ですので、生前贈与はその不確定さに影響されない範囲で行うことが重要です。

8.贈与の記録を残す

相続が発生し遺産分割協議を行う際に、生前贈与の事実が曖昧な場合があります。
いつ誰がどの財産をいくら貰ったかがはっきりしていないと、「誰々は家の購入資金を援助してもらったはず」、「誰々は結婚する時にお金をもらったはず」という様に相続人同士で疑心暗鬼となってしまうことがあります。
生前贈与が遺産分割協議の支障にならないよう、贈与事実は贈与契約書などにより必ず記録しておくことが望ましいと言えます。

9.意思判断能力は必須となります

贈与は贈与者と受贈者の合意により行われる契約行為の一種です。
契約行為を行うためには当事者の意思判断能力が必要となりますので、贈与者が認知症などにより意思判断能力を喪失していると判断された場合には既に行われた贈与であっても無効と判断される可能性があります。
意思判断能力の有無が争われるとなると最終的には裁判に持ち込まれることになり、争いを避けるという相続対策の意義は完全に失われてしまいますので、贈与は意思判断能力が確実に認められる状態で行うことが原則となります。
尚、認知症等を発症した時などには贈与が全く出来ないということではなく、あくまでの贈与時点(瞬間)の意思判断能力が問われるという点にはご注意ください。
例えば重い認知症を患っていても、意識が明晰なタイミングで公証人や医師の立ち合いのもと、公正証書で贈与契約書を取り交わすといった方法などは、絶対ではありませんがその時の意思判断能力を証明する手段として検討可能です。

10.定期暦年贈与認定

生前贈与の基本は年間110万円の基礎控除を利用した暦年贈与です。
但し、例えば毎年1月1日に110万円づつ10年間贈与を続けたとすると、それは1,100万円の贈与を単に10回に分けただけであり、実態は1,100万円の贈与であると見なされる可能性があります。
この様な贈与を定期暦年贈与と言い、定期暦年贈与と見なされると贈与税が課税される恐れがあります。
暦年贈与は時期や金額に統一性が無いことが重要な要素となります。

11.みなし贈与(低額譲受)認定

名義預金が一見贈与に見えて贈与と認定されないのに対し、みなし贈与は一見贈与ではないのに贈与と認定される行為を指します。
具体的には不動産などを周辺相場と比較し極端に低額で譲渡した場合などに、取得者が贈与認定されてしまいます。
本来2,000万円の価値がある父所有の土地を、500万円で子が購入した様なケースでは、子に対して父から1,500万円が贈与されたと認定されてしまいます。

12.贈与契約書、贈与税の納付は贈与成立の要件ではないこと

贈与の成立要件は、適正な価額で確実に所有権を移転することになります。
贈与契約書を取り交わしていることや敢えて贈与税を納付することは、贈与の税率要件とは直接関係はありません。
贈与税を申告して贈与税を納付しても、前提となる贈与が認められなければその申告が間違っていたということに過ぎず、税務署が贈与税の納付を受け入れたことは贈与の成立を担保するものではありません。
(時効成立前の納税については還付を受けられる可能性はあります)

生前贈与の留意点としては、法的に有効であるかということと贈与者の気持ちによる部分に分けられます。
気持ちの部分には如何ともしがたい部分がありますが、法的に有効である贈与を実現するためには以下の点が客観的に贈与が成立したと見なされる要素になります。

  1. 贈与者の意志判断能力があるうちに行う
  2. 贈与契約書を作成する(自署捺印、実印が望ましい)
  3. 贈与税の申告納付は贈与の成立要件ではありませんが、敢えて記録として残すために行うことは有効です。
  4. 贈与財産が現金の場合は振り込みで行い、不動産であれば所有権移転登記を行う
  5. 通帳、キャッシュカード、印鑑は受贈者が管理する。
    振り込み口座も、受贈者が普段から利用している口座が望ましい
  6. 贈与された財産がある程度費消されていることが望ましい

要するに、生前贈与というからには贈与財産の管理処分権が完全に受贈者に移転していることが必須となります。
もっともそのことが生前贈与をためらわせる原因の一つになりもするので、財産全体のバランス等を考え、贈与者と受贈者でよく話し合いをした上で実行することが重要です。