新聞の記事にありました。
若い方の文章の読解力や文章を書く能力が落ちているということです。
こういうことを言うと途端に年寄りじみてきて嫌なのですが、そういうことらしいです。
とは言え今でも入試問題などでは難解な文章問題が出題されているのでしょうから、全員が全員ではないとは思いますが、トータルで見るとかなり心配な状況らしいです。
原因はTwitterやLINEなどの短文SNSの普及にあると指摘されていましたが、おそらくそれはある程度正しいのではないかと思います。
我々のような中年世代でもLINEはよく使いますが、文章を考えなくて良いから本当に楽ですし、微妙な感情を言い回しではなくスタンプで処理できるのも便利です。
そして書けない人は、おそらく読むことも得意ではないしそもそも好きではないと思います。
私自身を振り返っても、最近は文庫本などを買っても集中力が格段に落ちました。
ちょっとページを読み進めたら携帯をちょこちょこいじってという有様です。
なので元々読む習慣のない人には「読む」という行為がさらに苦痛なんだろうということは何となく理解できます。
そういう意味ではこういう比較的長文のブログを書いても、これからは読んでくれる人も多くないのかなーと心配になります。
ただ世の中、簡単な文章の読み書きだけで済むことばかりではありませんし、それなりに文章を読みこまないと理解できないことも少なくありません。
このブログも書き方は下手でも中身はそれなりに良いことを書いているときもありますので、毛嫌いせずに読んで頂けると嬉しいです。
私もこうしてちょこちょことブログを書いていますが、文章を書くのはホントに大変だとつくづく思います。
しかもそれなりに推敲して読み直してアップした文章を後日読み返すと、単純な誤字脱字は言うに及ばず、文章そのものが分かりづらかったり意味不明だったりで赤面することも少なくありません。
ただ文章を書くことで自分自身も考え方が整理できるという効果はありますし、認知症の予防にもよいらしいです。
なので、これからも書いていきたいと思いますので宜しくお願い申し上げます。
<追記>
上で紹介した内容に関連して、読売新聞で「国語力が危ない」という短期連載コラムが掲載されており、12/6の記事のタイトルは「ブログ まずは手書きで」というものでした。
そもそも書くという行為には、上でも触れましたが考え方を整理出来るという効果があります。
これは書くということが、口頭での表現のようにニュアンスを含ませてなんとなく意味を伝えるということが出来ないためで、意味の通じる文章を作るためには、言いたいことを整合的にまとめ上げて、主語と述語を整え適切な助詞や接続詞を用いて作成する必要があります。
(要は、口先の約束だと「言った、言わない」になるので契約書を残しましょう、という考え方と似ています)
そこで今回の読売新聞の記事タイトルですが、実はその書くという作業をする際にも、いきなりパソコンで書き始めるよりも、一旦手書きで書きたいテーマを整理したほうがはるかに効率が良いそうです。
そして手書きの方がより脳が活性化するそうです。
私はめんどくさがりなのでいきなりパソコン入力派なのですが、脳の活性度はともかくとして、下書きをしたほうが実は効率的に良い文章が書けるということは薄々分かってはいました。
何故なら頭にぼんやりと浮かんだテーマをいきなり文章として書き始めると、前置きが長くなったり、趣旨が途中で変わってきたりと中々ゴールにたどり着けないことが多々あるからです。
この記事も当然あまり深く考えずに書き始めているので、正直上手く書けていないな―と感じています。
手書きの効能、少し検討してみたいと思います。
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