相続放棄 認知後3カ月放棄可能

8月10日の日経新聞朝刊の記事です。

相続放棄

相続放棄とは、相続人が被相続人(亡くなった人)の権利義務の承継を全面的に拒否する意思表示です。
相続人は相続放棄をすると、「最初から相続人ではなかったもの」とみなされ、相続財産に関わる一切の権利義務と無関係になります。
一般に相続放棄は、相続財産にマイナスの財産(負債など)が多い場合や、相続人同士で行う遺産分割協議に関わり合いたくないときに選択する制度で、相続人が家庭裁判所に申し立てを行い受理されることで認められます。(相続放棄は各相続人が単独で行うことが出来ます)

相続放棄の手続きで重要な点は、「相続放棄は原則として自己のために相続の開始があったことを知ってから3カ月以内に選択する必要がある」ということで、この3カ月を経過してしまうと、相続放棄をすることはできず相続人は相続人としての地位を認めたことになります。
これを「単純承認」といい、相続財産に負債がある場合でも、相続人はその負債を引き継ぐことになります。

本日の記事はこの3カ月の期間(熟慮期間と言います)について、相続が連続した場合の取り扱いに関するものです。
具体的には、多額の借金を残して死亡した被相続人(原告の伯父)がいて、その弟(原告の父)が相続人となったものの、その弟(父)も相続放棄することなくその1カ月後に死亡してしまいました。
結果として、原告の父は兄(原告の伯父)の借金を相続した状態で死亡したことになり、その事実を知らない原告は相続放棄をすることなく熟慮期間の3カ月が経過してしまい、伯父の債権者から返済を求められ、慌てて相続放棄をしたものの、すでに熟慮期間が経過したあとであることから、この相続放棄が認められるのかという裁判でした。

相続放棄は相続開始を知ってから3カ月以内に判断をする必要がありますので、今回の例でも本来は原告女性は父の死亡(相続の開始)を知ってから3カ月の間に相続放棄をするか否かを判断しなくてはなりませんでした。
しかし親が親族から多額の借金を相続してしまっていることを知らない場合には、相続放棄について正しい判断を下すことは難しいと言えます。
おとぎ話の世界では、自分が実は会ったこともない遠い親戚の相続人で、莫大な財産を相続するという様なお話しがありますが、これはその逆バージョン、つまり知らない間に親戚の借金を背負いこまされそうになってしまったというお話しです。

結果的に裁判所は、「債務の存在を知らなければ、子は(相続の)承認も放棄もできない」とした上で、「熟慮期間が始まるのは、子が、親族の財産を引き継いだと知った時だ」と指摘して、子の熟慮期間経過後の相続放棄を認めました。
原告には親族の債権者から相続放棄は無効として競売の申し立てもされていたということですから、非常に気の毒でしたし判決は実態に即した内容だと思います。
但し、相続放棄は全ての財産や権利義務を放棄する手続きですので、原告である子は親が残現金や不動産などのプラスの財産を残していたとしても、それらの財産を相続することはできません。
伯父の借金のせいで原告である子は本来は相続できるはずだった親の財産を相続できなかったとすれば、相続放棄が認められたからと言って円満解決とはいかないところが難しいところです。

また今回は伯父の借金でしたので、原告が知らなくても仕方ないという事情の理解は得やすかったかもしれませんが、これがもし自分の親の場合ではどうでしょうか?
親子関係が非常に希薄な家庭は少なくありませんし、その親に隠れ借金があってもわからないという相続は普通にあります。
相続放棄の熟慮期間は「自己のために相続の開始があったことを知ってから」3カ月という短いものですが、「相続が起きたことを知らなかった」あるいは「隠れた借金があるとは知らなかった」ということは普通にあります。
その場合に、必ず熟慮期間経過後でも相続放棄が認められるのかと言えば、要件はそれなりに厳しいと思います。
「知らなかった」ということを理由に、安易に相続放棄を認めてしまえば熟慮期間の意味がなくなり法の安定性が損なわれてしまうからで、熟慮期間経過後の相続放棄については、相続人に熟慮期間中に正しい判断ができなかったことについて過失がないということを客観的に証明する必要が当然あります。
特に相続の発生を知っていた場合には、金融機関の口座からの引き落とし状況や金銭消費貸借契約書の有無、督促状などのチェックなどは最低限しておく必要があります。
この程度の調査も行わずに、後から「隠れ借金があった」と言っても、相続放棄を認めてくれる可能性はかなり低いのではないでしょうか。

なお、今回の事例は、多額の借金がある被相続人(原告の伯父)の子供が相続放棄をしたため、次順位の相続人である原告の父(弟)が相続人になったために起きた事案とのことです。
相続放棄が行われると、相続放棄をした相続人は最初から相続人でなかったとみなされるということは最初に書きましたが、その結果次の順位の相続人が相続人になることがあります。
ある人が相続放棄をすることで相続人の順位が変わり、本来は相続人ではなかった人が知らぬ間に相続人になってしまうことは当然起りえますので、もし自分が相続放棄をする場合には、その結果新たに相続人になってしまう人がいる場合には、ひとことその旨を伝えておくということも、相続放棄の実務上は大切なことだと言えます。

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