家族に判断能力の無い人がいる時の基本的な考え方

お父様が亡くなり、相続人はお母様と二人の子供というケースなどで、既にお母様が認知症等により判断能力を失っている場合があります。
この場合の正しい手続きは、判断能力の無い人は遺産分割協議の当事者になれませんので、お母様に後見人を立てた上で遺産分割協議を行うというものです。

しかし、後見人には司法書士や弁護士などの第三者専門職が就任する可能性が高く、しかも一度後見人が就任すると原則途中で後見をやめることはできませんので、お母様がご存命である限り報酬を支払い続ける必要があります。
制度自体に柔軟性が無く、成年後見制度の利用は伸び悩んでいるのが実情です。

ではそんな時にどうしているのかと言えば、よくある手続きが二人の子が合意して代筆等により、判断能力のない母親の遺産分割を済ませてしまうということです。
金融機関などの第三者が絡まない遺産分割であれば、当事者だけで完結でき露見する可能性も低いのでついついやってしまいがちです。
(不動産等の名義変更についても、判断能力の確認を求められるのは基本的に財産を取得する人だけです)

ところで、判断能力のない人が行った法律行為の効果はどうなるのかと言えば、これは無効です。
つまり一旦成立したように見えた手続きであっても、無効である以上、後からいつでもひっくり返る可能性があります。
結託して遺産分割協議書を作ったはいいけれども、当事者が後から含むところがあり無効を主張するかもしれませんし、その子たちの代になって、そもそもうちの親が行った遺産分割は無効じゃないのか?と言いだすこともあり得ます。(遺産分割時と比べ財産価値が大きく変動した時に起こりがちです)
しかもその時には既に遺産分割した現金も不動産も形を変えていたり、手元に無かったらどうなるでしょうか?
いずれしにても裁判にはなると思いますが、かなり面倒なことにはなりそうです。
(無効の主張に時効はありませんが、損害賠償など請求する内容によっては時効消滅の対象となります。その辺りの詳しいお話しは法律の専門家にご確認ください)

最善策は、相続であればその前段階、つまり生前対策によって遺言を書くなどして、判断能力がない人が法律行為の当事者にならないようにすることにあります。

先ほどのように、お母様が認知症になっているのであれば、お父様が遺言を書き、最低限の内容として「財産はすべて二人の子に相続させる」と書いておけば、お母様が遺産分割協議の当事者のになることは回避出来ます。
(そのような内容では二人の子が遺産分割協議で揉めてしまう可能性が否定できませんが、それでも無いよりはましです)
またそのような内容の遺言は母親の遺留分を侵害していますが、遺留分の減殺請求は本人が権利行使をしようとした場合に認められる権利ですので、判断能力を失った母が遺留分減殺請求を行う可能性は低いと思われます。
(但し、後に後見人が就任すれば、遺留分減殺請求をする可能性はあります)

現代は認知症高齢者500万人と言われる時代ですので、判断能力の無い方の法律行為という問題は誰にでも起こりえます。
従来、相続には「遺産分割問題」、「相続税の納付資金の問題」、「相続税の節税対策」の3つの問題があると言われていましたが、現在はこれに「意思判断能力」の問題が加わるとされています。
しかし現実には最後の「意思判断能力の問題」が最も深刻なのではないかと思います。

繰り返しますが、人は判断能力を失なうと全ての法律行為ができません。
また行ったとしても無効です。
民事信託スキームの活用を除けば、本人に代わって法律行為が行えるのは後見人だけです。但し、その後見人は本人の財産を守ることが仕事ですので、子に対する住宅資金の援助など本人の財産が減る行為は行いませんし、遺産分割協議では必ず法定相続分を主張します。
もちろんリスクをとるような行為もできませんので、基本的に不動産の売却や投資は行いません。

要するに人は判断能力を失うと、後見人がいるいないにかかわらずその人の財産は基本的に凍結してしまうことになります。
周りの人が気を付けるべきことは、現在財産を持っている人が判断能力を失いつつあるときには速やかに財産を別の人に移転する(あるいは家族信託スキームにより別の人が運用する)ことを検討する必要がありますし、判断能力のない人が相続人にいる時にはその方には財産を渡さないことが肝要です。

家族に判断能力のない人がいる時には、この二つの考え方が非常に重要になります。

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